2 両界曼荼羅図 対幅 

表紙

 金剛界・胎蔵界の二部よりなる両界曼荼羅は、平安期に空海など入唐僧によって伝えられた密教の根本を図示したもので、大日経・金剛頂経に基づいて描かれたものです。

 金剛界は智拳印{ちけんいん}を結ぶ大日如来を中央上部に描き九会に区分して1461体の諸尊を描き西方に配されます。胎蔵界は、大日如来を中心に中台八葉院をはじめ十三大院あり、それぞれ諸院の中におよそ414尊を描き東方に配されます。

両界曼荼羅は、密教の修法には不可欠なものとして、天台・真言共に重要視されてきました。

 密教は6世紀の終わりから7世紀の初めに成立し、日本には入唐僧によって請来され、天台・真言それぞれに発展をみましたが、流布するものの多くは空海請来様の現図曼荼羅と呼ばれるもので、唐の恵果{けいか}が体系化したものとされます。

 成就院の曼荼羅については、軸木に修理墨書銘があり、成就院九世の慶深上人が寛永元年(1624年)に再興し、第二十一世頼雅和尚の享保20年(1735年)に補絵。さらに、天保4年(1833年)の弘法大師一千年御忌を機会に、三十三世慶真によって、京都表具師六兵衛などの指導で表具が改められたことがわかり、伝世の労苦を知ることができます。

絹本著色 金剛界
230×156
室町時代
鴨川市・成就院
胎蔵界
230×155
室町時代
鴨川市・成就院