8 山水図 探雪筆 1幅 

表紙

 右の前景に巨岩と樹林を配し、左方の集落に向かう高士と従者を描き、茶屋の周辺に人馬を点描し、背後に絶壁巨岩と滝を描いています。画面左には湖を配し、右下部に高士と従者を描き、行く手に荷をかつぎ橋を渡る人物、さらに草慮を配しています。湖上には帆を張った船を描き、湖をへだてて左端に岸辺の集落を、湖上には帰雁を配しています。遠山には山寺を配し、左手に朧{おぼろ}な夕日を描き、初夏の湿潤な情景で画面は構成されています。

 山岳と河水の自然風景を主題とする東洋画の一部門としての山水画は中国に起こり、日本・朝鮮にも広まりました。山水表現の日本への伝播は、上代からありましたが、宋風の水墨山水画は鎌倉後期に禅宗とともに輸入され、室町時代には、禅林を中心に中国風の画上に詩文をともなう詩画軸が流行しますが、室町中期以降周文・雪舟らが現われて日本の山水画が成立し、以降狩野派などを中心に障屏{しょうへい}画の大画面にも山水が描かれるようになります。

 宝珠院の山水画は、狩野探幽の弟子狩野探雪守定(正徳4年没・1714年)の作品と推定されます。

山水図  絹本墨画淡彩(56×99)   江戸時代 三芳村・宝珠院

探雪筆