―斬首された女性の頭骨―

表紙

 葛西城は後北条氏が天文7年(1538年)2月に上杉氏の家臣大石氏から奪い取ったもので、後北条氏の脅威が房総へ向かう起点になった城でした。この直後一回目の国府台合戦がおこります。永禄7年(1564年)の二度目の国府台合戦でも、国府台に布陣した里見氏と葛西城の後北条氏が対峙するのです。

 葛西城は房総の城とちがい,川に面してはいるものの低平地に築かれた典型的な平城です。そこで防禦施設として土塁や濠が造られましたが,その濠のひとつから成人前の若い女性の頭骨が発見されました。後頭部首筋には,あきらかに刃物で切断した跡がみてとれます。切断の跡は三筋。一度で切ることができなかったのです。この女性は首をはねられたあと濠に投げこまれてしまったのでしょう。戦国時代の現実をみせつける城跡の遺物です。

斬首された女性の頭骨
後頭部の首筋にするどい斬創がみてとれる