<滝田城>

表紙

 三芳村上滝田にある標高140mの山城で、西側は宮本城へ向かって峰が続き、南北には断崖をもつ。東側中腹には馬場址、山頂に八幡宮の小祀を祀る主郭部と、これを囲むかたちで曲輪がみられる。

 稲村城から北へ向かって、平久里川が形成した谷が伸びているが、安房国府から上総へ向かう古代駅路として利用されたと考えられているところで、その交通の要地を押さえる地点である。

 里見義豊の妹が嫁した一色九郎が在城していたと伝えられるが、天文2年(1533年)に、叔父の里見実堯を討った義豊が、その子義堯に安房を追われる際、滝田城に拠る義豊方の一色氏が義堯に討ち滅ぼされたことが確認されている。

 その後この内訌を克服した義堯が、天文6年頃に一時的に平群に居住しているが、この滝田の可能性が指摘されている。

滝田城跡(三芳村)