<久留里城>

表紙

 君津市久留里にある標高120mから145mの丘陵に広がる山城である。小櫃川流域の最重要地点といえる交通の要所に位置し、長く里見氏が房総計略の重要な拠点とした城である。現在の遺構は近世の久留里藩黒田氏の大規模な改修が加えられているが、下掲の古図は前橋藩境酒井氏のときの作図で、黒田氏の修復以前の姿を伝えている。主郭部周辺の高い位置に曲輪取りをしている様子が見て取れる。

 元来は15世紀に上総に土着した武田氏の取り立てた城だったといわれる。武田氏は天文7年(1538年)の国府台合戦の敗北で大きな打撃を受け、引き続きおこった内部抗争でその支配力は衰えていった。里見氏はその抗争の一方の後ろ楯となることで上総への勢力拡大の契機をつかみ、久留里を確保したのもこの天文中頃のことと考えられる。

 上総での拠点として里見義堯が在城し、天文24年(1555年)・永禄3年(1560年)・永禄7年(1564年)など、度々後北条氏やその勢力の攻撃に直面して、一時は城を失ったこともあったが、天正年間に里見義頼が安房岡本に居城を移すまでの本城として機能し続けた。その後天正18年(1590年)の段階では有力家臣山本越前守が在城している。

久留里城跡(君津市)
2.久留里古城地図<部分>
國學院大學図書館蔵
6.木造里見義堯坐像
正源寺蔵

7.上総国久留里記
国立公文書館内閣文庫蔵