<真里谷城>

表紙

 上総武田氏の本城だったところで、木更津市真里谷の小櫃川の支流武田川流域にある。小櫃川と養老川の中間に位置し、両方面へ対処できる標高161mの丘陵尾根上に広がる。

 15世紀中頃に上総へ入部した武田氏は真里谷と長南を中心に上総各地に勢力を広げ、多くの城を取り立てた。しかし天文年間の相つぐ内訌などで弱体化、以降里見氏の進出をうけて、その勢力下に吸収されていった。

 主要な四つの郭を中心に多数の腰曲輪をめぐらし、土塁や土橋・桝形・堀切・竪堀などの遺構が残っている。主郭とニノ郭の間には大堀切があり、城を大きく二つに分けている。発掘調査の結果、主郭で高級な中国の陶磁器が多量に一括出土している。ニノ郭では堀立柱の建物跡が多数検出されたほか、多量の国産陶磁器が出土していることから、日常の生活の場と考えられている。



◇◆ 城郭用語一口メモ(6) ◆◇
   -土塁{どるい}-

 城や曲輪の周囲に築かれた、盛土の土手のことで、堀を掘った際の土で盛り固めているので、堀と一体化していることが多い。防備の壁となり、攻撃台になる。

真里谷城跡(木更津市)
24.真里谷城跡出土遺物
(木更津市教育委員会蔵)


陶磁器片
(灰釉小皿、白磁、青磁、青白磁片、緑釉壺片、天目碗片、青花皿片等)
炭化物
(左から麦・オニグルミ・梅の実・米・大小豆)
(下は炭化塊)
常滑甕片
すり鉢
カワラケ・耳カワラケ
硯片
中国古銭

(皇宋通宝・永楽通宝・天禧通宝・洪武通宝・開元通宝)

笄・小札・飾鋲・鉄鏃