町をあげての行楽地づくり

表紙

 こうして旅行者を迎える意識も地域全体で変わっていったのでしょう、町を挙げての宣伝や設備投資も積極的に行われるようになります。北条町では大正天皇の即位記念として、大正3年に脱衣所や沐浴所(シャワー)・無料休憩所などの海水浴場としての施設を初めて行ったとされ、看守人(監視人)の配置などもするようになりました。また、同じ記念事業として、町の有志による私立北条文庫が設立されて図書館業務を始めると、海岸休憩所での新聞雑誌の無料閲覧サービスも行うようになりました。

 館山町では、北下台の館山公園・柏崎の豊津公園が整備され、北条・那古・船形の各町でも公園などの周辺整備が行われていきます。そして家族旅行を勧め、夏季旅行者に対しても海水浴だけでなく、高の島などでの磯遊びや舟遊びなどの楽しみ方も宣伝するようになります。

 旅行記を数多く手掛けた作家の田山花袋は、大正7年の『一日の行楽』で「物価は安く魚は多いが、どうも世離れた気分に乏しい。それというのも矢張都会の生半可な影響を海を越えて受けているからであろうと思うふ。」と評しています。これは都会的になっていった湘南方面を避けて、房総を新たな保養地として選んだ人々が多く来訪していたことを反映しているのですが、この頃になると旅行客が押し寄せるなか、北条周辺の雰囲気も変わっていったことをうかがわせます。

59.北条海岸無料休憩所<絵はがき>
64.私立北条文庫(『四訂安房漫遊案内』より)
59.館山公園(北下台)の遠望<絵はがき>
69.高の島での島遊び
59.鏡ヶ浦捕鯨引揚場の見物<絵はがき>