那古観音

表紙

 那古寺の本尊千手観音立像も平安時代の作です。由緒書では那古観音は、竜神が隠していた観音の霊木で本尊を彫ったという由緒や、船で往来する人々の海難救済の功徳{くどく}を伝えていて、海と関わる信仰があったことが窺えます。観音堂横の岩屋堂には海上安全守護の岩船地蔵や、那古の船仲間たちが廻船の海上安全を願って奉納した八大龍王の碑もあります。また鎌倉の杉本寺から始まる坂東三十三観音霊場の最後の巡礼地として広い信仰を集めています。かつて巡礼者はここで巡礼を終えると、那古の海岸から船で東京湾を渡って帰りました。観音菩薩の補陀落{ふだらく}浄土へ向かうイメージがあったのでしょうか。大勢の巡礼者が訪れたことから古くから門前町がつくられました。

67.補陀洛山那古寺本尊千手観世音縁起
  享保10年(1725年)
68.札所結願額 正徳3年(1713年)

69.坂東三十三番安房国補陀洛山那古寺境内図(那古寺の門前の様子) 明治後期