洲崎大明神

表紙

 東京湾の出入口の岬に鎮座する洲崎神社も、漁師にとっての漁業神、船乗りにとっての航海神としての信仰があります。祭神は天比理乃咩命{アメノヒリノヒメノミコト}といい、房総開拓神話に登場する忌部{いんべ}一族の祖神で安房神社に祀られている天太玉命{アメノフトダマノミコト}の后神{きさきがみ}にあたり、平安時代初期に朝廷から正三位を与えられた古い神です。

洲崎神社に納められている「五尺のオカモジ」と呼ばれる女性の髪は、この祭神のものと伝えられています。これが御神体とされるのは、船の守護神として船中に祀られる船霊{ふなだま}のなかに、女性の髪を入れる風習と通じるものがあるとされています。

 洲崎の沖合は内湾と外洋の分岐点で、そこには「汐のみち」とよばれる海上交通の危険箇所がありました。そのため沖を通る船は海上安全を祈願して篤く信仰しました。源頼朝が伊豆で挙兵して敗れ、海路安房へ逃れたときにも、洲崎明神に祈願したことは『吾妻鏡』などでよく知られています。

 また、洲崎神社の由緒書には役行者{えんのぎょうじゃ}の伝説が語られ、洲崎神社の社僧を勤めた養老寺には石像が祀られていますが、鏡ヶ浦の対岸大房岬にあった大武佐不動でも、大島に流罪になった役行者が海難救済のために不動尊を祀った由緒を伝えています。

74.洲崎神社の御神影
75.房州安房郡洲崎大明神縁起
 万治2年(1659年)
78.『吾妻鏡』(治承4年9月5日条)
          国立公文書館蔵
79.洲崎神社 昭和初期