【3】観音巡礼  

表紙

 観音菩薩は33の姿に変じて人々の苦悩を救うとされ、この数に合わせて33か所の観音霊場を巡る信仰があります。西国・坂東の各33か所と秩父34か所の巡礼札所が、あわせて百観音と称される古くからの観音霊地です。とりわけ花山法皇はじめ巡礼の創始者とされる先師の伝承がある西国札所は平安時代末には開かれており、古い信仰であることが分かります。坂東の札所は鎌倉時代はじめに東国武士によって設定され、秩父は巡礼の民衆化とともに室町時代に形成されました。

 江戸時代には巡礼が大衆化し、霊場案内記も出版されて巡礼旅の手引きになります。巡礼を成し遂げることで誓願が成就し、特別の功徳が得られると信じて、巡礼者は自ら書写した経を札所に納め、納経帳に寺印を押してもらい、その際木や紙の納札を天井や柱に打ちつけていきました。戦国時代に秩父が34か所となることで百観音が成立し、以降は西国札所の巡礼を基本に百か所巡りが多く行なわれました。

81.西国三十三所順礼元祖御影像
74~78.西国順礼道中案内記各種 江戸時代
73.『秩父縁起霊験円通伝』 延享元年(1744年)
80.四国西国坂東秩父納経記 
 宝暦7年(1757年)
87~88.回国巡礼の納札 宝永6年・宝暦8年