【4】那古寺諸堂と奉納文化財 <那古寺観音堂、平成の大修理> 

表紙

 平成の大修理は、大正11年(1922年)に大改修を行い、大正13年に関東大震災被害の応急修復をおこなってから、およそ80年を経ての大改修になります。現在進められている修理は観音堂を解体し、基礎の水平を直し、部材を補修し、組み立て直すというもので、平成15年1月に始まり、平成20年3月に終了が予定されています。今回の解体修理にともなう調査の結果は修理報告書にまとめられますが、重要なことが2点わかりました。

 ひとつは、観音堂が建つ位置の地盤の問題です。地山の岩盤は建物正面の方向へ傾斜する斜面になっていて、その斜面の上に砕石などを埋め立てて礫岩層を人工的に作っているということです。つまり大きな観音堂を建てるために、大がかりな工事によって人工的に平場をつくっていたことがわかりました。それがいつの時代の工事なのかははっきりしませんが、宝暦7年(1757年)に観音堂が再建されたときには、そこへさらに土盛りをして高さを出す工事が行なわれたようです。

 もうひとつは、元禄地震後の観音堂再建時期の問題です。現在ある観音堂は宝暦8年5月にほぼ完成したものであることはわかっていますが、これまでは元禄16年(1703年)の大地震で倒壊したあと仮屋の観音堂だったものを、このとき初めて本格的に再建したと思われていました。ところがそれより以前の享保16年(1731年)や享保17年の建物の部材が確認され、宝暦以前に地震後の再建が一度おこなわれていたこともわかりました。

素屋根(覆い屋)建設工事 平成15年
観音堂軒廻りの組物

観音堂の部材の基本は250年前の宝暦再建時のものである。傷んでいた様子がよくわかる。

観音堂上棟式 平成18年7月7日