正木村の医者どん・高梨家(館山市) 

表紙

 正木村にはイシャドンと呼ばれる羽山家があったが、高梨家でも医師が輩出した。高梨亘は宝暦5年(1755年)から長崎で6年、大坂で3年医学の修行をしたというから蘭方医であったろう。

 孫の文酬(1873年没、73歳)も医師となり、瘤治療を得意としたとされるが、地域では俳人としても活躍した。文酬の孫玄英(1921年没、73歳)も竹原村(館山市)のイシャドン篠塚家で篠塚生庵から漢方医学を学んで医師となっており、たびたび医師が出た家である。

121.高梨文酬肖像画  
高梨泰輔氏蔵
122.薬研  
高梨泰輔氏蔵
123.仮鑑札返納控
124.出張診察御届(明治22年)  
高梨泰輔氏蔵