犬石村(館山市)の島田家 

表紙

 犬石村には世襲名主の島田家から分かれたイシャドン島田家があり、寛延2年(1749年)に外科を得意とする弥五右衛門がいるが、名主島田家からも医者が出ており、医書類が残されている。幕末の名主理平の次男宗謙が江戸で鈴木淡斎に、上総天神山で井上宗瑞に学んだが、安政2年(1855年)に26歳で没してしまった。

135.『丹晴堂随口任筆』写本  
島田純一氏蔵