(2)〆粕をつくる 

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 干鰯と同じく鰯からつくられる肥料に〆粕があります。これは、生鰯を釜で煮た後、油を搾ったもので、干鰯よりも高い価格で流通していました。また、搾った際に出る油は魚油と呼ばれ、安価な行灯{あんどん}油などとして利用されていました。近世中期以降になると、北海道における鰊{にしん}漁業が活発となり、鰊〆粕も全国的に広まりました。

 明治16年(1883年)に作成された「房総水産図誌」によれば、〆粕に加工することが多かった銚子や九十九里と異なり、安房では〆粕はあまりつくられず、ほとんどが干鰯に加工されました。ただし、同時期の記録によれば、長狭郡磯村(現鴨川市)産の〆粕は県内でも上質とされていました。また、柏崎浦{かしわざきうら}(現館山市)では、鮗{このしろ}を〆粕に加工しており、この場合も干鰯と同様、課税の対象となっていました。

 

35.ニワク
当館蔵〈国指定重要有形民俗文化財〉