【3】東京湾の里見氏 -戦と交易-  

表紙

 交易都市としての館山城下町を形成する以前から、里見氏は東京湾での海上活動を盛んに行っていました。そもそも里見氏は初代義実の時から房総の水軍を掌握し、東京湾を東西にも南北にも行き来して活動していたのです。16世紀中頃から続いた小田原北条氏との争いも、東京湾の制海権をめぐるものでした。海上での両者の対立が続いていたあいだ、海岸の村では半済{はんぜい}という里見氏と北条氏の両者に年貢を納める対応で村を守り、また北条氏の勢力圏で交易する往行商人たちは里見水軍からの攻撃を避けるため、里見氏から通行手形を受けて安全を確保したほどでした。しかし、天正5(1577)年に両者が和睦し東京湾が安全になると、東京湾西岸や利根川流域の商人が里見氏領での交易を求めるようになっていきました。

41.足利家国書状