4.領地支配と人々  

 藩主稲葉家と藩士たちは、領地に暮らす人々にとっては自らの領主である「殿様」とその役人でした。館山藩の領地は時期によって若干の変化があるものの、大部分が安房国にあり、その他は上総国と下総国に分布していました。初代藩主正明が天明元年(1781年)に1万石で入封した後、同5年に3000石を加増されましたが、翌6年には再び1万石となり、明治4年(1871年)の廃藩まで知行高は変わりませんでした。3か国に分散していた領地は、明治元年に振り替えが行われ、安房国安房郡に集約されています。
 稲葉家では基本的に、半年ごとの参勤交代により藩主が江戸と国元とを行き来しました。藩主が江戸にいる間も館山陣屋には藩士が詰めており、領地支配は彼らが江戸からの指示を受けながら行っていました。