(2)支配を支える人々 

 明治元年に領地が安房郡に集約されるまで、館山藩領は安房国内だけでも4郡すべてに分散していました。館山藩士の大部分は江戸屋敷に詰めており、少数の藩士だけで全体を把握することは困難です。そこで地元から人を選び、安房国に3人の大名主を置いて中間支配にあたらせました。また、領地村々には足軽を出すことが命じられ、彼らも「藩士」として勤務しました。
55.安房三郡大名主割元役任命状
天保2年(1831年)
横浜市
岩崎文江氏蔵
59.本織村百姓江戸足軽に召し抱えにつき一札
(沼区有文書)
安政7年(1860年) 当館蔵