【1】博覧会の時代  

表紙

 明治時代になると欧米の文化や技術が急速に日本に導入され、制度や習慣の近代化が始まりました。国力増強の基盤となる殖産興業にはとくに重点が置かれ、それは西欧文化の進取と日本文化の見直しを通して進められています。その推進役になったのが、物品や資料などを集めて一般公開する博覧会でした。これは日本や他国の新しい文化や技術を人々に伝える啓蒙的な役割を果たしていきます。新技術との出会いと出品者の向上心を促す場となり、驚異的な産業発展の始まりとなりました。

 とくに政府が主導して開設した内国勧業博覧会は、国内物産の開発・奨励を目的に、国内の産業発展を促し輸出品目を育成する場として大きな役割を果たしました。出品物を工業・美術・農林園芸・水産・教育・鉱業・機会などの幅広い部門で集めるとともに、展示するだけでなく、素材や製法・品質・効用、あるいは価値・価格などを比較して、優劣を明らかにする褒賞制度を導入し、出品者の競争心も刺激しました。明治10年(1877年)の第1回から、明治36年(1903年)まで5回にわたって続けられ、娯楽的な要素も加わりながら多くの出品者と見学者を集めています。

 また農商務省が主催した明治16年(1883年)と明治30年(1897年)の水産博覧会のように分野別でも開催され、さらに地方でも県や郡、町村単位で農産物品評会や酪農共進会などを開催し、多くの生産者が参加して品質や技術の向上にしのぎを削るようになりました。博覧会の場は新しい物品ばかりでなく、江戸時代から続く従来の製品に改良を加えたものも評価の対象になりました。殖産興業水深に必要な欧米からの新技術と、日本の在来技術の出会いの場となる産業奨励会としての面が強調され、出品者にとっては他人の作品を見ることで自身の糧とする場にもなり、日常を改良していこうという意識の変革にも結びついていきました。

1.第二回内国勧業博覧会場中案内
明治14年(1881年) 当館蔵
2.第一回内国勧業博覧会褒状
明治10年(1877年) 当館蔵
6.第二回水産博覧会褒状
明治30年(1897年) 小谷福哲氏蔵
10.那古町農会第一回蔬菜品評会一等賞状
明治36年(1903年) 外山正博氏蔵