吉田謹爾

表紙

 通房来房当時の安房郡長(当時は安房平朝夷長狭郡長。明治14年~28年在職)。明治28年設立の安房郡農会(当時は安房国農会)の会長になり、通房とは移居当初からの付き合い。新塩場の本邸ももとは謹爾が住居していた場所である。大正2年に通房が後任町長として要請したのは謹爾であり、大きな信頼を寄せいていたことがわかる。臨終にも立ち会い、墓碑銘の揮毫は通房から申し出た。謹爾の絶筆は通房への感謝を歌った和歌である。大正3年没、65歳。

58.吉田謹爾宛通房書簡
吉田謹爾墓 <北条・不動院>