山口五平

表紙

 館野村稲(館山市)の人で、村の筆取をしていた。おそらく中年になってからであろう、算術・筆法・歌道・挿花・謡・俳諧をそれぞれ師について学んでいる。号は松竹園梅寿。郡農会員。稲から二子にかけては万里小路家の土地があったといい、五平がその収穫米を取りまとめて送ったという話が残っている。そのうち、一筆は明治27年に取得されている。五平の寿碑は通房の揮毫。明治40年没、90歳。

103.山口五平寿碑(明治39年)