2.日本刀鍛錬伝習所 伝習所(1)

表紙

 日本刀鍛錬伝習所のある栗原昭秀の屋敷は赤坂の氷川神社下、勝海舟の旧宅跡にありました。昭房はここに住み込みで鍛刀修行をすることになりました。

 師匠の昭秀は栗原彦三郎という衆議院議員でしたので、その当時内閣総理大臣だった齋藤實{みのる}をはじめ多くの名士と交流があったそうです。

 この日本刀鍛錬伝習所も、明治以降すっかり衰退してしまった日本刀鍛錬の伝統技術を復興するために、齋藤實の勧めにより栗原昭秀が開設したものでした。

 ちなみに「日本刀鍛錬伝習所」の大看板はこのとき齋藤實が揮毫して昭秀に与えたもので、長さ330×幅55×厚さ5センチという大きな欅の一枚板に書かれています。

 昭房は伝習所の師範役の別府清行・笠間繁継から鍛刀技術を学びました。また、昭秀について製鉄法までも研究していたようです。

旧栗原邸跡
 栗原邸は赤坂区氷川町28番地(現在の港区赤坂6丁目10番)の勝海舟旧宅跡にあった。
昭房という刀匠名は、師昭秀の号と、故郷房州の地名に拠ったが、この勝海舟安房守にも因んでいるという。

簡易製鋼炉の授業
左から今野昭宗、栗原昭秀、石井昭房

日本刀鍛錬伝習所

 昭和10年(1935年)、大日本刀匠協会発会の折り、全国の刀匠が伝習所を訪れた。前列左から4人目が栗原昭秀、その隣が笠間繁継。後列左から石井昭房、秋元昭友、今野昭宗。