(10) 房州うちわ生産地(那古・船形地区)  

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 船形と那古は房州うちわの生産地として全国的に知られていますが、その生産を本格的に始めたのは大正震災後の産業復興の政策によってでした。江戸時代は、材料である竹を出荷するだけで、明治20年頃から那古の忍足信太郎が竹を加工した半製品を出荷するようになって、ようやくうちわづくりが始まりました。明治30年には、同じ町に住む岩城庄吉が本格的に <割り竹> の加工をはじめ、大量に出荷するようになり、震災後、うちわ問屋横山寅吉が船形に工場を建て、完成品としての「房州うちわ」が出荷されるようになったのです。房州うちわの特色は手に持つ柄に材料の女竹をそのまま使う丸柄にあります。