浜田 {はまだ}  

表紙

八郎畑{ハチロウバタ} 上町{カミチョウ} 市万度{イチマンド} 田原{タバラ} 作田{サクダ} 遠見塚{トウミヅカ} 下町{シモチョウ} 東浜{ヒガシハマ} 浜町{ハマチョウ} 北珊瑚{キタザンゴ} 中珊瑚{ナカザンゴ} 西浜{ニシハマ} 初ノ庄{ハツノショウ} 上珊瑚{カミザンゴ} 大坪{オオツボ} 西谷{ニシヤツ} 新関{シンゼキ} 長谷{ナガヤツ}


 鉈切神社と拝殿裏の洞窟は古くから名所として知られており、元禄年間には水戸の徳川光圀の命により、山萩村出身の水戸彰考館員石井三朶花が調査に訪れています。また同じころ、当時の浜田村領主で旗本の石川政徃や、紀伊国の漁師らが、燈籠や鰐口を寄進するなど、盛んに参詣客が訪れています。江戸初期の里見氏治下では、里見家一門の正木善九郎の知行で村高161石余。明治元年には142石余でした。神社は船越鉈切神社、寺院は神社の別当寺を務めた高性寺のほか、石の堂があります。

浜田村絵図(龍崎貢氏蔵)