加賀名 {かがな}  

表紙

富沢{トミサワ} 水池{ミズイケ} ミゾノ添{ミゾノソイ} 天沼{アマヌマ} 小作{コサク} 上ノ台{ウエノダイ} ソフケ谷{ソウガヤツ} 堰谷{セキノヤツ} 堰下{セキシタ} 中ノ坪{ナカノツボ} 伊戸越{イトゴエ} 羽出山{ハデヤマ} 鳳作{ホウサク} 西ノ坪{ニシノツボ} 山そヶ谷{ヤマソガヤツ} 川田{カワタ}


 早物と同じように海岸をもたない農業中心地で、明治元年の村高は126石余。江戸時代初期の里見氏治政下では、廿人衆頭の本間宮内が知行していた村で、その時の村高は182石余です。神社は熊野神社があり、境内にはやぐらと嘉永2年の石燈籠をみることができます。またやぐらの中には一石でつくられた五輪塔もあります。宗教法人の寺院はなく、お堂が村はずれにあります。