洲崎 {すのさき}  

表紙

仙道{センドウ} 以良世{イラセ} 栄ノ浦{エイノウラ} 向山{ムカイヤマ} 関ノ谷{セキノヤツ} 鷲塚{ワシヅカ} 赤羽{アカバネ} 大峰{オオミネ} 氷沢{ヒノサワ} 上ノ台{ウエノダイ} 畑合{ハタアイ} 中原{ナカハラ} 沼田{ヌマタ} 薊谷{アザミヤツ} 小嵐{コアラシ} 早崎{ハヤザキ} 大塚{オオツカ} 大坪{オオツボ} 漂ノ浜{ヒョウノハマ} 小塚{コヅカ} 間口{マグチ} 神官免{ジンガンメン} 笠掛{カサガケ} 御手洗{ミタライ} 西唐沢{ニシカラサワ} 東唐沢{ヒガシカラサワ} 百目{ヒャクメ} 御手洗山{ミタライヤマ}


 東京湾口の要地として知られ、この洲崎で内房と外房に分けられています。江戸初期の里見氏治政下では、里見家一門の御隠居様の知行地で、村高130石でした。江戸後期には、房総沿岸を測量にきた伊能忠敬が洲崎で逗留しています。また文化年間には村内早崎に松平定信によって砲台が築かれ、定信が巡視にきています。明治元年の村高は109石余。安政元年から明治3年にかけて僧侶の洲崎義成が寺子屋を開き、明治7年には綿鍋仁右衛門を世話役に洲崎小学校が開校しています。神社は元県社の洲崎神社、寺院は観音寺(養老寺)があり、他にお堂が1ヶ所あります。