西川名 {にしかわな}  

表紙

向原{ムカイバラ} 芝地原{シバチハラ} 神明前{シンメイマエ} 待場{マチバ} 浜田{ハマダ} 宮田{ミヤダ} 横道{ヨコミチ} 中瀬{ナカセ} 中道{ナカミチ} 前田{マエダ} 川間{カワマ} 千茅{チカヤ} 新瀬{ニイゼ} 岩本{イワモト} 畑中{ハタナカ} 宮脇{ミヤワキ} 上原{ウエハラ} 宮ノ下{ミヤノシタ} 後山{アトヤマ} 石畑{イシバタ} 黒部{クロベ} 黒部下{クロベシタ} 水引戸{ミズヒキド} 芝台{シバダイ} 森ノ下{モリノシタ} 郷戸{ゴウド} 左保浦{サボウラ} 芝崎{シバサキ} 上ノ台{ウエノダイ} 赤羽根{アカバネ} 白石{シライシ} 木ノ作{キノサク} 上ノ山{ウエノヤマ} 前山{マエヤマ}


 もとは川名村といい、昭和29年に館山市と合併したとき、すでに川名の大字が船形地区にあったため西川名と改称しました。平安時代の地名としてある安房国安房郡河曲 {かわわ}郷は当地周辺のことと考えられています。江戸時代初期の里見氏治政下では、廿人衆頭の波多野庄左衛門が知行し、村高は150石余、明治元年には162石余になっています。神社は天保5年の手水鉢がある吾妻神社が山腹に、海岸には厳島神社があります。厳島神社では毎年1月15日に湯立神事が行われます。寺院は持明院と福蔵寺があり、持明院は3石5斗の朱印地をもっていました。

川名村絵図(飯田忠男氏蔵)