高井 {たかい}  

表紙

仁井{ジンイ} 上宮作{カミミヤサク} 下宮作{シモミヤサク} 下川{シモカワ} 月除{ツキヨケ} 前作{マエサク} 西原{ニシハラ} 宿内{シュクウチ} 飯喰場{メシクイバ} 荷入{ニイリ} 青木{アオキ} 下古川{シモフルカワ} 水神{スイジン} 上畑作{カミハタサク} 中川{ナカガワ} 西郷{ニシゴウ}


 館山湾の第4砂丘列の北部に位置する集落で、その北端部の宮作・宿内には土師器の散布する古墳時代の遺跡があります。江戸時代初期の里見氏治政下では、使番の岡本右馬之助、百人衆之頭安西中務、奏者梅田与九郎が知行し、村高491石余。明治元年には397石余。別に江戸時代に平久里川の旧河道を開墾して成立した古川新田が独立した村としてあり、明治3年に高井村と合併しています。明治元年の村高は148石余。また高井のうち、滝川と平久里川の間の地域を桑原といいますが、天保頃に家数8軒の桑原村として記されることがあります。神社は高皇産霊神社があり、桑原にあった天神社を合祀しています。寺院は善浄寺があり、鎌倉末から南北朝期頃の木造地蔵菩薩立像を本尊にしています。他に中世の五輪塔の断石が散在する薬師堂があり、境内に幕末の医師高木抑斎の墓があります。また月除の共同墓地には正徳年間からの三山碑が7基並んでいます。