(6) 新塩場長尾藩士邸跡 (北条)  

表紙

 明治元年に四万石で安房移封を命じられた本多正訥は、はじめ白浜の長尾に陣屋を構え長尾藩を称しましたが、同3年に陣屋を北条鶴ヶ谷に移します。多くの藩士を収容するため周辺を武家屋敷として整備してゆきますが、鶴ケ谷だけでは足りず八幡浜や新塩場・国分の萱野なども開発してゆきました。新塩場の現在の区画は当時のもので、明治以降は他所から館山へ移住してきた中流家庭の住宅地となり、今でも和風住宅に洋館を付属させた大正から昭和初期流行の文化住宅を多くみかけます。

◇交通 JRバス館山郵便局前下車徒歩2分