(12) 鶴谷八幡宮 (八幡)  

表紙

 安房国の総社で、もと三芳村府中にあったものが、鎌倉時代に現在地に遷座したといいます。康応2年(1390年)には安西八幡宮の名で資料に現れています。八幡神を氏神とする里見氏歴代は厚く当社を保護し、永正5年(1508年)以降の里見氏による修理が7回あり、現存する棟札3枚が市の指定文化財になっています。里見氏奉納と伝える脇差もあります。また里見忠義のとき社領174石を寄進され、別当那古寺の支配をうけましたが、このほかに神主が御手洗免として1石5斗を与えられています。その地は府中の元八幡社周辺で、今も9月の祭礼ではここでお水取りを行います。その祭礼を「八幡のまち」といって郡内の旧社10社の神輿が渡御する郡内最大の祭りで、かつては放生会と呼ばれていました。江戸時代にはこの日に市がたち、今も農具市として続いています。本殿や向拝天井の彫刻が市の指定で、彫刻は百態の龍と呼ばれる後藤義光の作品です。境内には長須賀村の石工鈴木伊三郎の狛犬のほか記念碑が多く、長尾藩士で書家として大成した小野鷲堂・平久里の医師で幕末の詩人加藤霞石の記念碑や安房先賢偉人10名の顕彰碑、西南の役・日清・日露戦役の記念碑、文久年間の社殿再建記念歌碑などがあります。

◇交通 日東バス金谷線八幡神社前下車徒歩1分