伊戸・坂足・小沼・坂井  

太平洋沿いに走るフラワーラインから一歩入ると、そこには地域の歴史を感じさせてくれる寺社や石造物を数多く見ることができます。冬でも温暖な平砂浦の村々をめぐりましょう。

伊戸{いと}エリア

(1)富士登山碑

入り口付近には大日如来坐像の他、享保2年(1717年)の銘記がある台座や、中世の五輪塔・宝篋印塔{ほうきょういんとう}の一部などが積み重なっている。その奥に「富士一山二十八度大願成就」と書かれた山包講の富士登山碑があり、明治7年(1874年)に亡くなったと思われる清行参伸が先達で28度の富士登山をなしとげた。その上には「南汀斉千広」という俳人の墓がある。地元ではこのあたりを「みおうどう」もしくは「みようどう」と呼んでいる。

(2)根本青年館{ねもとせいねんかん}

元は新福寺という寺院であったが、現在は伊戸の根本区の青年館になっている。入口に宝永2年(1705年)の地蔵尊があり、台座には賽の河原で石を積んでいる子供が地蔵に救いを求める彫刻がある。その隣には寛政6年(1794年)の廻国供養塔がある。また敷地内には昭和13年(1938年)に日中戦争で亡くなった陸軍歩兵伍長の墓がある。

(3)御嶽神社{みたけじんじゃ}

祭神は日本武尊。文化3年(1806年)に若者中が奉納した手水鉢があるほか、天保9年(1838年)に黒川忠兵衛と田中屋伝兵衛が奉納した石灯篭がある。拝殿向拝彫刻は、左右の獅子は安西次郎右衛門、正面の鶴は黒川金兵衛が奉納したもの。本殿左側には滝が落ちており、滝の左上部に石仏(不動明王か)が安置されている。かつて行者が修行をした滝だろうか。

坂足{さかだる}エリア

(4)長江山照浪院{ちょうこうざんしょうろういん}(波切不動)

地元では「波切不動」と呼ばれているお堂で、境内には寛政10年(1798年)に江戸日本橋本船町の魚問屋米屋嘉兵衛が奉納した手水鉢のほか、文化12年(1815年)の六地蔵が残されている。かつては大漁、海上安全のご利益があるとして多くの信仰を集めていた。
本堂は元々茅葺だったが、平成10年に現在の本堂に新築した。昭和20年頃まで守一庵という庵があり住職もいたが、現在は庵があった場所は集会所になっている。

(5)蛭子神社{ひるこじんじゃ}

平成13年頃、嵐で社殿が倒壊した。神輿は残っていたため、平成15年に現在の建物をつくり、神輿を安置している。木造の鳥居があったが、五十年ほど前に焼失している。蛭子は「えびす」とも読み、兵庫県の西宮神社を総本社としている。

小沼{こぬま}エリア

(6)如意山宝安寺{にょいさんほうあんじ}

曹洞宗の寺院。本尊は木造虚空蔵菩薩{こくうぞうぼさつ}で、南北朝期から室町時代にかけての作と考えられている。大正時代に住職をしていた岩永益禅(昭和27年没)が西岬地区に花づくりを広めたことで知られており、墓地の奥にある歴代住職の墓にその名が刻まれている。本堂正面には昭和8年(1933年)の西岬消防組第六部の半鐘がかけられている。また境内には寛政5年(1793年)に安心房という人物が奉納した地蔵のほか、享保年間の廻国塔がある。

(7)諏訪神社{すわじんじゃ}

祭神は建御名方命{たけみなかたのかみ}と八坂刀咩命{やさかとめのかみ}。諏訪神社は山の中腹(小沼)と平坦地(坂井)の2ヵ所にある。長野県の諏訪大社を意識して上諏訪、下諏訪として祀ったものであろうか。境内には 氏子中が奉納した文化10年(1813年)の手水鉢がある。

(8)稲荷様

稲荷四体と石宮が祀られている。10年ほど前までは「ふんどし祭り」と呼ばれる初午{はつうま}が行われており、13歳になった地元の子供たちがお参りしていた。初午とは、毎年2月の初午の日にお参りする行事のこと。

坂井{さかい}エリア

(9)地蔵尊

道路から階段を上がったところに大きな地蔵尊をお祀りしている。隣に青面金剛の庚申塔があり、その右に明治7年(1874年)の二十三夜塔がある。庚申塔は庚申講を行った際に建てられるもので、二十三夜塔とは、二十三夜の月が出るのを待って飲食や念仏をする月待行事に関連して建てられる碑のこと。

(10)日露戦役戦没者碑{にちろせんえきせんぼつしゃひ}

明治39年(1906年)に日露戦役で戦死した陸軍近衛工作上等兵の碑。

(11)地蔵堂(坂井青年館)

松寿山地蔵堂。かつては安房108箇所地蔵巡礼の97番目の札所であった。境内には天明4年(1784年)、寛政10年(1798年)、文化元年(1804年)、文政元年(1818年)の出羽三山碑があり、三山信仰が盛んだったことがわかる。出羽三山とは現在の山形県にある湯殿山、羽黒山、月山のことで、ここに参拝した人々が建てた碑が出羽三山碑である。また、境内には嘉永2年(1849年)、元冶2年(1865年)、安政6年(1859年)、明治7年(1874年)の馬頭観音が並び、中世の五輪塔の宝珠がみられる。

(12)日光大権現{にっこうだいごんげん}

境内には文政4年(1821年)に村人が奉納した手水鉢のほか、文政11年(1828年)に山田仁助・文七が奉納した狛犬がある。日光大権現は、下野国日光の二荒山神社の日光権現を勧請したもの。

(13)居原台{いはらだい}墓地

墓地の奥に宝暦6年(1756年)の廻国塔があるほか、大日如来坐像が祀られている。

(14)諏訪神社

祭神は建御名方命{たけみなかたのかみ}と八坂刀咩命{やさかとめのかみ}。小沼の山の中腹にある諏訪神社と元々は一体であったと考えられる。境内には明治28年(1895年)の手水鉢がある。

(15)弁天様

坂井川沿いにある祠。昔は塩水をくんで供えていた。現在も正月にはお供え物をしている。

(16)稲荷様

地元で「稲荷様」と呼ばれている祠。現在も初午行事が行われている。祠の周囲の木を切ると、腕が痛くなると伝えられている。


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