館山の気になる樹 1.  

(1)ソテツと大福寺 

所在地 館山市船形835

 崖の観音で知られるこの寺は、大福寺と称し、本尊は十一面観世音菩薩で、船形山の崖の中腹にある祠に刻まれている。境内の本堂前には2本の巨大なソテツがあり偉容をほこっている。その大きさは7本と6本の叢生で樹高は5.5mほどである。崖の観音堂に立つと、鏡のような波静かな館山湾を一望に収め、実に風光明媚である。養老元年(717年)に行基{ぎょうき}(668年~749年)が東国行脚{あんぎゃ}の折、海上安全と豊漁を祈願して、山の天然の岩肌に彫刻し、その後慈覚{じかく}大師(794年~863年)が来錫{らいしゃく}した折に、堂宇が創建されたといわれている。明治43年の大豪雨、大正12年の大震災で倒壊し、観音堂は大正14年に、本堂は昭和元年に建てられ現在に至っている。

(2)那古寺の大ソテツ

所在地 那古1125   館山市天然記念物 昭和45年2月20日指定

 那古寺は養老年間(717年~724年)に行基が創建し、のち慈覚大師が再興した。この寺は元禄や関東の大地震に遭遇するも、多くの人達の協力で再建されてきた。また6年がかりの平成の大修理を経て、多くの参詣人を迎えている。大ソテツは本坊に向って右前に植栽されており樹高は6m、12本の叢生である。樹令については400年とも云われている。この根元の石垣は嘉永7年(1854年)に茨城出身の江戸大相撲前頭筆頭の一力長五郎一行がこの地で勧進相撲を開いた際に奉納した。また那古寺の裏山(通称シキビ山)の自然林は昭和45年2月20日に館山市天然記念物として指定されている。この山の主な樹種は、スダジイ、タブノキ、ヤブニッケイ、ヤブツバキ、ヤマモモ等で、常緑広葉樹が混在している。平成9年(1997年)には、この樹林の中に「式部夢山道{ゆめさんどう}」と名付けられた遊歩道が整備され、多くの人達に活用されている。

(3)那古薬王院のタブノキとイチョウ

所在地 那古1039

 那古の薬王院(通称辻の堂)には薬師三尊像が祀られている。この寺は天正6年(1578年)に一人の漁師が那古浦の海中から引き上げた絵像を秘蔵した事から始まる。或る夜、日頃信仰していた薬師如来が眷属{けんぞく}の十二神将を伴って漁師の元に現れると、日頃悩んでいた娘の病を救ってくれた。この機縁を知った漁師は、直ちに剃髪し草庵を結び、朝夕に勤行につとめ幾年月を経て往生したという。これが現在の薬師堂の創生縁起とされている。境内にはタブノキがあり、大きいものは幹周3.93m、樹高21.0mに達する。またイチョウの木は幹周3.90m、樹高21.0mもある。

(4)鶴谷{つるがや}八幡宮のイヌマキとモミ

所在地 館山市八幡72

 鶴谷八幡宮は安房国の総社で、鎌倉時代に南房総市府中から現在地に遷座したという。9月には「やわたのまち」といわれるお祭りがあり、近隣から10社の神輿が集まる。本殿や向拝天井の彫刻は市の指定で、彫刻は百態の竜と呼ばれる後藤義光の作である。本殿は享保5年(1721年)に造営された。本殿左前にあるのが御神木のイヌマキで、樹高16m、幹周は約4m、樹齢300年以上といわれている。下から5m程に空洞がある。県の木であるイヌマキの天然分布は関東南部以西とされ、東・北限地の房総半島に植栽文化が根付いたのには、潮風に強くどんな土壌にもよく適応し、移植や刈込にも耐えるという特性があり、火にも強いからで、生垣として県下全域に広く見られる。館山市では特に八幡地区のイヌマキ(通称ホソバ)の生垣が独特の景観を作っている。旧家では120年は経過していると思われる古木もあり、八幡の祭の前には、生垣の刈込みが初秋の風物詩になっている。モミは樹高15m、幹周約2.8mで、安房神社遥拝殿の東側、神輿の御仮屋の右端にすっきりとした姿で立っている。モミは常緑高木で葉は密生し枝にらせん状につき、細い葉の先は鋭く2つに分れる。二の鳥居からの参道の両側はクスノキ、スギの林が広がり、本殿のうしろはイヌマキ、クスノキ、スダジイ、ムクロジなどの林になっている。

(5)北条民家のサイカチの木

所在地 館山市北条1754

 館山駅から中央公園に向かう道、市立図書館の50m手前の十字路の塀ぎわに、大きくはみ出すように太い老木が立っている。この木は道に隣接する家のもので「サイカチの木」である。サイカチはマメ科で「皀角子{そうかくし}」「皀莢{そうきょう}」と書かれ、発音が「再勝」に通じるため、縁起の良い木として大切にされてきた。また幹や枝に鋭いトゲがあるので、門や柵の周囲に備え、転じて鬼門除けの木とされたという。5月から6月に淡黄色の花が長い穂になってたくさんつく。果実は20cm程のねじれたさやが枝先によじれて垂れ下がる。もっとも重要なことは、いざというときに葉が食用、実が洗剤、トゲは解毒剤になり役に立つということ。元禄大地震では、このサイカチの木によじ登って津波の難をのがれたという話も残っている。狭い通りを占領する邪魔な存在と見られがちだが、今まで伐らずに残してきた先人たちの知恵や想いに耳を傾けてみたい。幹周4m、高さ7m。幹に大きな空洞があり、樹皮には枝の変形したトゲがあるが、老木になって咲く花の数も少なくなり、痛いトゲも幹の上部に移った。

(6)来福寺のタブノキとクスノキ

所在地 館山市長須賀46

海富山来福寺は神亀2年(725年)に元聖法印により開基。薬師堂には室町時代中頃の木造薬師如来立像が祀られ、境内には幕末から明治にかけての安房を代表する彫刻師後藤義光の寿蔵碑がある。寺院の境内であるために自然に発育した樹林が保護され、タブノキを主としてイヌマキ、エノキなどのまれに見る樹そうがあったが、今は数本になってしまった。タブノキは南側の墓地の中に2本あり、それぞれ枝を広げ、手前のタブノキは樹高8m、幹周3.5m、奥のタブノキは樹高15m、幹周4.9m、枝張は16mほどもある。クスノキは本堂の西側の墓地の奥にあり高さ15m、幹周3.8mで11mほどの枝を張り巡らせている。

(7)滝川{たきがわ}のびゃくしん

所在地 山本2418   館山市天然記念物 昭和52年10月20日指定

 滝川のビャクシンは、木幡{こはた}神社の北方の河岸段丘上にある。一帯は木幡神社創建の地であるとされ、「滝川のびゃくしん」にはその御神木としての言い伝えがあり、地域の人々に愛護されている。伝承による樹齢は800年ともいわれている。ビャクシン(柏槙)は、イブキ(伊吹)・ビャクダン(白檀)とも呼ばれる常緑針葉樹で、木目のつんだ固い木である。雌雄異株{しゆういしゅ}で、雄木と雌木がある。樹冠{じゅかん}が円錐形で、幹が大きくねじれることが特徴で、上品な芳香のある香木としても知られている。本州、四国、九州北西部などの海岸沿いの岩地に点々と自生しているほか、寺社の境内や庭園に植栽された大木が多くみられる。ここのビャクシンは雄木で、目通り幹周4.15m、樹高10m、東西14m・南北11mの巨樹が岩盤の上に生育している。

(8)日枝神社の御神木と大杉

所在地 館山市竹原850

 仁寿2年(852年)、慈覚{じかく}大師が創建したと伝えられる。今宮山王と呼ばれていたが、明治3年(1870年)に日枝神社と改称。現在の社殿は昭和59年9月に建立された。毎年10月10日の例祭では、大正時代までは社前で流鏑馬{やぶさめ}・競馬の神事が行われていた。ご神木のびゃくしんは山上の浅間様の傍{かたわ}らにあった千年の古木で、今から150年前の落雷によって枯木になり虚{うろ}が出来てしまったが、神社前の三叉路に移され、毎年6月の田植えの頃、豊作を祈念する「虫おくり」の神事が行われてきたという。昭和47年、鳥居脇の現在地に移された。境内は杉の大木を初めとして植物相も多く、樹木が繁り鎮守の森として荘厳な雰囲気をかもしだしている。境内には杉の植栽が多いが最初の石段を上った右側の大杉が最大で、幹周は4.35m、樹高30mでひときわ目立つ。

(9)手力雄{たぢからお}神社の大杉

所在地 館山市大井1129   館山市天然記念物 昭和47年1月21日指定

 手力雄神社は天手力雄命{あまのたぢからおのみこと}を主神に三柱{みはしら}が祭神として祀られている。天手力雄命は古事記などでは天の岩戸を引き明け、天照大神を連れ出した神として知られている。境内は鬱蒼{うっそう}とした樹林に覆われ、鎮守の森を形成し植物相も豊富で、大樹はスギ29本など50本を数える。特に拝殿前左の大杉は、御神木として、樹齢が700年と推定される大樹で、昭和47年(1972年)に館山市天然記念物に指定された。幹周4.64m、樹高35mだが、拝殿前の石垣と階段の工事のとき、2mほど根元が埋められており、実際の樹高はこれを加えただけ高いことになる。スギは日本特産の植物で用途も広いが、館山市大井は昔からスギの苗木の産地として知られている。本殿は三間社{さんげんしゃ}流れ造りで、県の指定文化財。


<作成:ミュージアム・サポーター「絵図士」 青木悦子・川崎一・御子神康夫・吉村威紀>

監修 館山市立博物館